日本語とゆかりのある人物
世界名作劇場シリーズにおいては、計8作品に出演。この出演数は、山田栄子の10作品に次いで2番目である。登場機会の少ない作品が多かったものの、『南の虹のルーシー』(ケイト役)では、ダブル主演とも取れる役柄を演じ、キャラクターとして作中ナレーションも担当した。これらから、山田、潘恵子、堀江美都子、中西妙子らと共に、シリーズを代表する声優の1人としてしばしば名前が挙がる。シリーズ全体では低音の使用機会が多いが、作品によっては少女らしい高めの声も使用。役柄面においても、陰険から温和・母親から少女まで、幅の広いキャラクターを担当した。また、シリーズ前に同枠で放送されていたカルピスまんが劇場『アルプスの少女ハイジ』(クララ役)においても、主要キャラクターを担当。
漫画版アンドロメダ編を、コンパクトな形で再構成した全編新作のアニメ映画作品。1979年公開。監督のりんたろう、キャラクターデザインの小松原一男、美術の椋尾篁のトリオは松本原作のテレビアニメ『宇宙海賊キャプテンハーロック』のスタッフであり、これを気に入っていた東映動画の今田智憲社長による指名である[8]。ストーリー構成は、制作当時までに漫画版で描かれてきた山場というべきエピソードを中心に再構成。原作・テレビでは旅立ち前の出来事であった機械伯爵との決戦が中盤に移動しているなど、時系列の入れ替えが大胆に行われている。999での旅を通じて描かれる鉄郎の成長と共に、『宇宙海賊キャプテンハーロック』で登場するアルカディア号が、どういう経緯でトチローの意思を持つようになったのか、未完となっていた漫画『クイーン・エメラルダス』での、トチローを探す彼女の旅の結末なども本作では描かれている。ラストの鉄郎とメーテルが別れるシーンは、後年になっても伝説の感動シーンとして語り継がれている。本シーンの収録の際、野沢・池田共に感極まって泣きながら演じ、他のスタッフももらい泣きした[9]。
宝塚造形芸術大学教授、京都産業大学客員教授、デジタルハリウッド大学特任教授を歴任。漫画家の牧美也子とは24歳で結婚。早稲田大学大学院教授で元三菱重工業長崎研究所主管の松本将は実弟。代表作に『銀河鉄道999』など。SF漫画作家として知られるが、少女漫画、戦争もの、動物ものなど様々なジャンルの漫画を描いている。アニメの製作にも積極的に関わり、1970年代半ばから1980年代にかけては松本アニメブームを巻き起こした。アニメ化されてヒットした作品から冒険活劇の作家という印象もあるが、作品の多くに死の影や夜の色と不条理性がかぶさった、耽美的な要素を強く持つ。福岡県久留米市で、石ノ森章太郎と同じ年月日に生まれる。6歳まで兵庫県明石市で過ごし、第二次世界大戦中は母親の実家がある愛媛県喜多郡新谷村(現在の大洲市新谷町)に疎開。このときアメリカ軍機動部隊の戦闘機や松山市へ空襲に向かうB29などの軍用機を多数目撃、この体験が後の作品に影響を与えたという。父親は陸軍航空隊少佐のパイロットで特攻隊の少年兵の教官を務め四式戦闘機(疾風)に乗って、終戦の日まで連合軍と戦っていたという。戦後、多くの元軍人パイロットが自衛隊入りしたのに対し、松本の父は「敵の戦闘機には乗れない。」と言い、野菜の行商をしながら線路脇のバラックに住みその境遇を自ら進んで赤貧へと落とした。しかし、家族で父に反対する者はおらず松本少年も「俺の父親は最高だ、父親と一緒にいられれば俺は満足。」と行商のリヤカーを押したという。この「本当のサムライとしての父のイメージ」は、後にハーロックや沖田十三のモデルとして、松本の作品に生かされていった。また松本自身、進駐軍兵士がばら撒くキャンディーなどを「食べたくて仕方なかったが全部下駄で踏みつけて潰した。」という。
最近の若手声優と違って、養成所で歌唱に関する教育を受けておらず、そもそも林原自身が歌手志望で無かった上、1980年代後半の声優の歌手活動は極めて稀なケースだったので、かなり消極的であったが、キングレコードの大月俊倫プロデューサーの説得により、本格的に行うようになった。しかし、テレビのカウントダウン番組で自らの楽曲がチャートインすると「未だに違和感を覚える」と語っている。そのため、声優としての活動に比重を置いていることから歌手活動でのどを痛めないようにするため、また、コンサートをフルで歌えるほどの体力が無いことなどもあり、基本的に単独のコンサートは、活動方針上で行われていない。よくラジオで「コンサートはやらないのですか?」とリスナーから質問をされるが「やるつもりがない」と話している。ラジオの公開録音では、ライブコーナーと称して歌うため、これが事実上のコンサートとなっている。過去には九州工業大学の学園祭でコンサートに出演した他、奥井雅美のライブに飛び入り参加して『Get along』をデュエットで歌っている。また『林原めぐみのTokyo Boogie Night』600回記念公開録音では、アコースティックライブもあった。この時は出産前であったので、ステージ上で体を激しく動かして踊りながら歌うことが無理という理由からである。スターチャイルドから曲をリリースする前にユーメックス・東芝EMIから、アルバム『PULSE』を発売していた。年に2〜3度だが、サンリオのハローキティ関連の曲が、ビクターエンタテインメントから発売されているが、レコード会社の契約上の関係のため、名前は表記されていない。ラジオなどで「白い猫の付き添い」「キティちゃんのお友達」と言うことがあるが、これはキティ関連の仕事を指している。また、林原自身が「キティの声では無い」というような事を話している。